企業再生塾<中堅・中小企業経営の理論と実務>

はじめに

この企業再生塾は中堅企業、中小企業者のための経営塾だ。大手企業と違って、圧倒的組織力、ブランド力、資金力を持ち合わせていない経営者のための「どろくさく人を育てて、増益を継続させる経営書」である。
私は、商人育ちで大手企業に入社し、広報の仕事を終えた後、不況風にぶち当たった問題部署の再生問題だけに携わり、中堅企業の広告会社に出向し、問題会社を「増益を継続する会社」に立て直した経験を踏まえた独自の経営塾である。すでにOBとなった経営者の一人だが、若い人たちから、「現場力再生のために」と声をかけられ、筆を執った。実経験をベースに独自に考え出した経営手法を紹介するが、少しでもお役にたてれば、こんな嬉しいことはない。

1. 中堅・中小企業再生、三つのポイント

☆企業再生の出発点


中堅・中小企業は会社の規模・特性によってその経営手法が大きく違う。ここでは20名から300名規模の会社をイメージして私の考えを述べたい。
中堅・中小企業の最大の弱みは組織力とブランド力だ。本社から出向した初日の強烈な印象はこの二つだだった。名刺を出しても役に立たない。企画部門もなければ、人事部門もない。総務とか、管理とか言う部署がすべての窓口になっている。
分かり易く言えば「社長に負(おんぶ)に、抱っこの会社」なのだ。まず、この現実を踏まえて、冷静に経営実態に立ち向かわなければならない。その自覚から、社長の役割を見つけ出してゆくことが、まず、企業再生の第一歩になる。
その役割は三つある。一つは、①社員の掌握による企業力(組織力)の強化、②商品力(営業力)の質にこだわる顧客開拓、③資金繰りにあくせくしない財務体質の改善だ。つまり、一人三役の自覚が企業再生の出発点になる。
これに至る経緯を述べながら、この説明をしたい。

☆社員の掌握が第一、それは問題社員の取り組みから


社長就任時、私の頭は整理されていなかった。すぐにも増益に結び付く施策も思い浮かばず、まず、問題社員の課題に取り組み、経費削減を考えた。結果的に、この問題を深く理解することが、企業再生の引き金となった。このことは、後ほど詳しく説明するとして、結論から述べたい。
問題社員の課題は難易度が高い。問題社員の生活にかかわり、これからの人生の岐路にもなる。その結果、弱者である対象社員の事を誰よりも深く理解しないと解決に結びつかないし、問題社員を取り巻く周辺社員の心情の理解も迫られたのである。
その結果、全社員の意識構造、社員ひとり一人の得意分野、不得意分野が星座のように見え始め、企業の組織と人の関係が概括的に把握できることになった。また、社員の側からは、「社長は弱者をどう扱うか」という理解が深まり、社員と社長との信頼度に結びついていったのである。
中堅・中小の組織力は弱い。社長の匙加減ひとつでがらりと変わってしまうが、人を掌握する中で大切なのは、個人会社とは違った組織バランスを整えて行くことである。分かり易く言えば、「社長は社員の良き理解者であり、組織人としての社員を尊重する」という信頼関係を育てることが、人を活かし、企業を再生する出発点になるのである。

☆第二は、「生きる金、死に金の仕分け」


商人育ちとサラリーマン育ちの違いは、生きる金、死に金に対する感性だ。サラリーマン育ちの経理担当者は、直ぐ、月次の決算数字が大好きで、「いま、何が死に金か」と質問すると戸惑う人が多い。
中堅・中小企業の営業・生産現場は、「儲かるものなら何でも有り」のような雰囲気で、その利益、経費がこれからどうなるということを考えない場合が多い。また、この金に対する鈍感さが、何時までも成長できない原因でもある。
商い上手だった堺の千利休は「工夫の半分をお客様に返す」という信念のもと、茶道具を広めていった。また、小さな企業から時間をかけて成長したアメリカの企業、ジョンソン&ジョンソンも、その信念を貫いて一年々々成長を続けたのである。
ブランド力の弱い企業は、この出発点に気付かないと、その先が見えなくなる。頑(かたく)なに自社の商品力にこだわり、生きた金、死に金を仕分けて、本物の企業に近づくことが、企業再生の二番目の鍵になる。

☆第三は、「金」への根性


中堅・中小企業は資金繰りに追われることが多い。日々、投資、在庫、売掛金の回収と資金繰りでバタバタしているのが当たり前になっている。ここで、剰余金を生み出す根性があるか無いかが、社長の資質として問われる次の課題だ。額は幾らでもよい。どんな苦しい時でも、帳尻が合うまで考え抜いて行動する企業家魂が企業再生の第三の鍵になる。
私は子供のころ、親父が銀行では受け付けてくれない約束手形を割り引いている現場を見続けてきた。その時の信用基準は、「金」に対する責任感だった。
「金」は体の中の血液と同じだ。血栓が出来たら、どんな頑丈な体でもころりと死んでしまう。その恐ろしさ自覚しているかどうかが、企業再生の第三の鍵になる。
経営は博打ではない。金の流れに用心深さが無いと、銀行も見放すことが多い。金が入ってから金を使う鉄則を身に着け、どんなに苦しい時でも剰余金を生み出す、経営の基礎力を身に着けなければ、企業再生はできない。